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レベッカ 「フレンズ 」

1985年、日本テレビ系ドラマ『ハーフポテトな俺たち』のエンディングテーマに起用され、大ヒットを収めている。当時としては異例のミリオンセラーを達成した同年発売のオリジナルアルバム『REBECCA IV 〜Maybe Tomorrow〜』をはじめ、後に発売されるベストアルバムにも何度か収録されており、レベッカを代表する曲の1つとして挙げられる。

少年隊「仮面舞踏会 」

「第28回日本レコード大賞」「'86FNS歌謡祭」などで最優秀新人賞を獲得するなど、同1986年には同曲の大ヒットで数々の新人賞を受賞した。
当初は、イントロ部分の歌詞(Tonight ya ya ya・・・tear)が書かれていなかったが、錦織一清のアイデアにより歌詞が付け加えられた。作詞を担当したちあき哲也は矢沢永吉の楽曲作詞も多く手がけており、矢沢ファンである錦織がちあきの起用を希望したもの

中山美穂 「色・ホワイトブレンド 」

1986年には前年以上の活躍を見せ、ヒット曲を連発。トップアイドル歌手として多くの歌番組に出演していくようになる。そしてこの頃から日立製作所や資生堂など大手企業のCM出演も多くなるなど、名前も全国区となる。1987年に放送された主演ドラマ『ママはアイドル』の役柄・中山美穂の愛称ミポリンが、実際の中山の愛称としても定着した。同年ブロマイド売上枚数が女性部門でトップになる。

うしろゆびさされ組 「象さんのすきゃんてぃ」

〈岩井 由紀子=右側〉
1985年6月21日に『夕やけニャンニャン』のオーディションに合格、おニャン子クラブ会員番号19番として活動を始める。ファーストアルバム『KICK OFF』からジャケット写真に参加。ゆうゆの愛称で親しまれる。

〈高井麻巳子=左側〉
おニャン子の仕掛け人である秋元康と結婚し、突然芸能界を引退する。その後、すぐに渡米。1年半ほどニューヨークに滞在し、
秋元との新生活を始める。 2001年(平成13年)3月、長女出産。

小林旭 「熱き心に 」

大瀧詠一が書き下ろした楽曲で、ストリングスを用いたサウンドが特徴。味の素ゼネラルフーヅ(AGF)「マキシム」のCMソングに起用された。
1986年暮れの『第28回日本レコード大賞』では、金賞、作詩賞、特別選奨と3つの賞を受賞している。
2001年発売のシングル昭和恋唄のB面にニューバージョンが収録されており、これ以降のベスト版にはこちらのリメイク版が収録されている場合もある。
大瀧詠一によると、歌手・小林旭には松本隆の都会的な歌詞は似合わないとして、阿久悠の方に作詞を依頼したという



≪1986年(昭和61年)出来事=中期≫

05/04 東京サミット開催。
05/07 国大協、国立大2次試験の複数化とグループ分け正式決定。
05/08 英皇太子夫妻来日(ダイアナ・フィーバー)。
05/27 ファミコンソフト「ドラゴンクエスト」発売。
05/31 人工授精で女児産み分け6例成功、と慶大医師グループ発表。
06/01 上野動物園のパンダ「ホアンホアン」に赤ちゃん誕生、一般公募で「トントン」と命名。
06/19 ベトナムの二重胎児、治療のため来日(~10.29)。
07/00 富士写真フイルム(現・富士フイルム)が使い捨てカメラ「写ルンです」を発売。
07/06 衆参両院同日選拳、自民党圧勝。
07/22 第3次中曽根内閣成立。
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