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石井明美 「CHA-CHA-CHA 」

1986年、テレビドラマ『男女7人夏物語』の主題歌「CHA-CHA-CHA」(イタリアのダンスグループ「フィンツィ・コンティーニ」 (Finzy Kontini) の楽曲のカバー)でデビュー。80万枚を売り上げ、オリコン年間シングルチャート1位になっている。翌1987年春の第59回選抜高等学校野球大会の入場行進曲にも採用された。

1896 OMEGA TRIBE「君は1000%」

カルロス・トシキ在籍時のオメガトライブの代表曲である。1986年7月23日発売の1枚目のアルバム『Navigator』にも「君は1000%」が収録されている。
ボーカルのカルロス・トシ(日系ブラジル人)は日本に来て間もない頃、蕎麦屋で「五目そば」が読めず「いつつめそば」と言ったところ店主に怪訝な顔をされたため、慌てて読める「ざるそば」に注文を変更した。その後しばらくは、その店では他のメニューが注文できない(読めない)ため、ざるそばばかり食べていた。

小泉今日子「なんてったってアイドル」

堂々と歌い上げて話題になった(それまでのアイドルは自らをアイドルと呼称することは殆どなかった)。親交のあった秋元康が、「アイドル・小泉今日子」をイメージして作詞をし、アイドルであることを楽しむ、あるいは遊ぶ、新時代のアイドルの形が創り出された。一方、アルバムも40万枚近い売上を記録。1989年にリリースした『KOIZUMI IN THE HOUSE』では、当時まだあまりメジャー扱いされていなかったハウスミュージックを取り入れられた。楽曲や衣装などスタッフ任せだけでなく、自分の意見を述べるようになった。セルフプロデュースするアイドルの先駆者である[独自研究?]。

河合その子「青いスタスィオン」

女性アイドルグループおニャン子クラブの元メンバーで、会員番号は12番。現役当時は渡辺プロダクション→イザワオフィスに所属していた。引退後は出身地である愛知県東海市にある実家近くに居を構える専業主婦であったが、2010年に芸能活動を再開した。

とんねるず「雨の西麻布」

1994年には独立し個人事務所「アライバル」を設立。石橋が社長、木梨が副社長を務めている。当時の事務所に向かっていた途中、六本木・星条旗通りでお互い運転していた車を降り、「独立すればもっと正しい方向に向かう」と考えた石橋が、立ち話で木梨に独立の話を持ちかけた。木梨は「貴明がいいならいいよ。」と二つ返事で了承したというエピソードがある。なお、1980年に就職が決まっていた時期に、石橋が渋谷パルコパート2の2階の喫茶店で「プロでやろうと思うけどどう思う?」と持ちかけた際も、木梨の「貴明がいいならいいよ。」という一言で決まったという。



≪1986年(昭和61年)出来事=前期≫

01/22 社会党、「新宣言」を採択。
01/28 アメリカのスペースシャトル「チャレンジャー」が打ち上げ72秒後に爆発、来月7人全員が死亡。
02/01 東京の中野区立中野富士見中の二年生、鹿川裕史君、「いじめ」を苦に首吊り自殺。
02/21 長寿世界一の泉重千代死去(120歳)。
02/24 KDD、日本で初めてハッカーが侵入と発表。
03/19 第一次家永訴訟の控訴審全面敗訴。
04/01 男女雇用機会均等法施行。
04/08 アイドル歌手・岡田有希子飛び降り自殺、後追い自殺続発。
04/20 瀬古選手、ロンドン・マラソンで初優勝。
04/26 ソ連・ウクライナでチェルノブイリ原子力発電所事故。
04/29 天皇在位60年記念式典、東京・両国国技館で開催。
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