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井上陽水 「いっそセレナーデ 」

1982年、バックバンドを務めていた安全地帯がデビューし、1983年には自身作詞による「ワインレッドの心」をヒットさせる。さらに1984年には安全地帯に歌詞を提供した「恋の予感」、中森明菜に歌詞と曲を提供した「飾りじゃないのよ涙は」、そして自身の「いっそセレナーデ」がヒットする。12月10日付のチャートでは「飾りじゃ〜」が2位、「恋の予感」が3位、「いっそ〜」が4位と、陽水の手がけた作品が上位を占める
投稿者
showakayoさん有難うございました

安全地帯 「恋の予感 」

「恋の予感」、「熱視線」等の楽曲を立て続けにヒットさせ1985年「悲しみにさよなら」が大ヒット。
TBSの『ザ・ベストテン』、日本テレビ『ザ・トップテン』年間第1位に輝き、同年のNHK紅白歌合戦出場を果たした。また、FNS歌謡祭では史上初で唯一となる2年連続で最優秀歌唱賞を受賞した。

C-C-B 「ロマンティックがとまらない」

本作品でヒットに恵まれなかった場合はバンド解散も辞さない覚悟で臨んだ一作である。そのメインボーカルを委ねられたプレッシャーで、笠は胃痛や不眠に悩まされたという。また、何度譜面に目を通しても仮歌を聴いても歌詞が頭に入らず、メンバーの田口に協力して貰いレコーディング直前まで繰り返しデモテープを聴きこんだという。
「ザ・ベストテン」では通算100曲目の第1位(1985年4月4日放送)に輝いた。

中村あゆみ 「翼の折れたエンジェル」

表題曲は1985年「日清 カップヌードル」CMソングに起用され、2016年12月時点でパッケージメディア(レコード・CD)の売上は50万枚以上、音楽配信の売上は12万ダウンロード、ストリーミングの再生回数は約140万回、YouTubeでのミュージック・ビデオの再生回数は300万回以上を記録した中村あゆみ最大のヒット曲である。

アン・ルイス 「六本木心中」

父親がアメリカ人(アメリカ海軍の軍人)で母親が日本人のハーフ。兵庫県神戸市に生まれ、横浜市中区本牧に在った米海軍の住宅街ベイサイドコートで育つ。当初はグラビアアイドルやアイドル歌謡を中心に活動し、1974年に「グッド・バイ・マイ・ラブ」がヒット。ロック(歌謡ロックと言われる場合もある)に転向し1970年代から1980年代にかけて「ラ・セゾン」や「六本木心中」「あゝ無情」などヒット曲を放った。



≪1985年(昭和60年)出来事=中期≫

05/08 指紋押捺を拒否した川崎市在住の李相鎬が外国人登録令違反で逮捕(10日釈放、23日韓国側から指紋押捺制度の早期撤廃要求)。
05/17 北海道夕張炭抗ガス爆発、死者62人、負傷者24人。
05/20 イスラエル、日本赤軍の岡本公三を釈放。
06/08 大鳴門橋開通。
06/18 金のペーパー商法で問題になった豊田商事の永野一男会長刺殺。
06/23 成田空港でカナダ太平洋航空機の乗客荷物が爆発、作業員2人死亡。
06/24 人気歌手の松田聖子と俳優神田正輝が6月24日、東京・目黒区のサレジオ教会で挙式。立会人は俳優の渡哲也。





               平尾昌晃/ 畑中葉子「 カナダからの手紙 」
              
平尾昌晃さんはデュエット・シングルの発売にあたり、自身が主宰する平尾昌晃ミュージックスクールの生徒の中からオーディションを行い、その結果選ばれた畑中葉子とデュエットすることとなった。

昭和の大ヒット曲「よこはまたそがれ」「瀬戸の花嫁」などの作曲で知られる作曲家の平尾昌晃さんが21日深夜、肺炎のため都内の病院で死去していたことが22日、分かった。
79歳。東京都出身。2年前に肺がんを患い闘病する傍ら、精力的に仕事をこなしていた。      

                               ご冥福をお祈り申し上げます  m(__)m  

   

    
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