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チャゲ&飛鳥 「万里の河」

タイトルは万里の長城から採った。中国の長江をイメージし、河の遥か彼方へ行ってしまった恋人を想い続ける女性を描いた物語風の楽曲である。
1979年 - 8月25日、ワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン)よりシングル「ひとり咲き」でデビュー。デビュー時のキャッチコピーは、“九州から大型台風上陸!熱い喉が衝き叫ぶ!”。
1980年 - シングル「万里の河」をリリース。秋には『学園祭コンサート』を行う。なお、「万里の河」は年末からチャート上位になり、初のヒットシングルとなる。

松田聖子 「夏の扉」

『ザ・ベストテン』で「青い珊瑚礁」が2週連続第1位となり、「さよならの向う側」で10位にランクインした山口百恵と初共演。同番組では70年代と80年代の歌姫の最初で最後の共演となった。
日本青年館ファーストコンサート『First Kiss』開催。
3枚目のシングル「風は秋色」で初のヒットチャート第1位獲得。
「青い珊瑚礁」で第22回日本レコード大賞新人賞をはじめ、10もの大きな音楽祭の賞を獲得。第31回NHK紅白歌合戦に初出場した。「聖子ちゃんカット」と呼ばれる独特のヘアスタイルが全国の女の子の間で大流行し、「ブロマイド」の年間売り上げでトップに輝く。

田原俊彦 「恋はDO」・近藤真彦 「スニーカーぶる~す」

〈田原俊彦/近藤真彦〉
松田聖子と共に賞レースでも活躍し、新たなる時代への幕開けの象徴であった。たのきんの3人それぞれが、デビューした年の『日本レコード大賞』などの音楽賞で最優秀新人賞を受賞している。以後のジャニーズ事務所は急成長を遂げ、ジャニーズJr.が人気アイドルのバックでの顔見せを経てデビューするという一時期途絶えていたシステムも復活。後続するシブがき隊や少年隊などが次々とデビューした。

南佳孝 「スローなブギにしてくれ」

角川書店の文芸誌『野性時代』1975年8月号に発表され、野性時代新人文学賞を受賞、直木賞候補にもなった片岡義男の短編小説である。奔放な少女に振り回される男たちの弱さと優しさを描いた、作者の代表作のひとつである。1976年3月に角川書店から、本作を表題作とした短編集『スローなブギにしてくれ』が単行本として出版され、1979年6月には角川文庫版が刊行された。
1981年3月7日公開。東映と角川春樹事務所による製作で、東映が配給した。浅野温子の小悪魔的な演技が話題となった。

竜鉄也「奥飛騨慕情」

3歳の頃に岐阜県吉城郡上宝村(現在の高山市)に引越し、中学2年生の頃に失明する。その後手術を受け、視力回復に務める傍ら、マッサージの勉強をする。
1961年2月、満25歳で再び失明。その頃より独学で学んだアコーディオンを抱え、流しとして出発する。以後岐阜県の奥飛騨・高山地方を中心に演歌師を続ける傍ら、作詞・作曲も手がける。40歳前に郡上八幡で歌謡酒場をひらくが、1979年に火事で全焼する。
1980年、デビュー曲「奥飛騨慕情」がロング・ヒット、ミリオンセラーを記録した。翌1981年にはNHK紅白歌合戦に生涯唯一の初出場を果たす。



≪1981年(昭和56年)出来事=中期≫

08/11 宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)が鹿児島の種子島宇宙センターで気象衛星「ひまわり2号」の打ち上げに成功。
08/22 台湾・達東航空の旅客機が台北の南西で墜落。作家の向田邦子さんら日本人18人を含む乗客乗員110人が死亡

09/05 三和銀行大阪茨木支店行員伊藤素子の1億3000万円詐取(3.25)判明(8日マニラで逮捕。共犯・南敏之も逮捕)。
09/21 日本電気と新日本電気、国産初の10万円を切るパソコンPC-6001を発表
10/15 大阪・近畿相互銀行で偽造キャッシュカードによる現金引き出し事件(11.27、元行員台北市で逮捕)。
10/16 北炭夕張新鉱でガス突出事故。93人死亡。
10/19 福井謙一さん、ノーベル化学賞受賞。
10/28 ロッキード事件丸紅ルート公判で榎本三恵子、田中被告の五億円受領を裏づける証言(蜂の一刺し)。
10/30 この日付で写真週刊誌「FOCUS」創刊。
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