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久保田早紀 「異邦人」

この曲の元は、美しい並木で知られる国立駅前の大学通りの景色をイメージして書かれたものだった。「子供たちが空に向かい 両手を広げ …」という歌い出しは、歌詞作りに難渋していた久保田が、国立駅近くの空き地で遊ぶ子供たちの姿を電車から見て咄嗟に写しとったものである。本人も「そんな、ふとした瞬間に出来た曲が、ここまでヒットするとは思わなかった。」と語った。また本人はこの曲が発売されてから半年間はヒットしていくことに戸惑い、その後も「平坦な更地にいきなり10階建のビルが建ってしまい、その後もビルがどんどん大きくなっていった感じ。」と!

高田みづえ 「私はピアノ」

1976年、フジテレビのオーディション番組『君こそスターだ!』で第18代グランドチャンピオンとなり、1977年3月25日に「硝子坂」でアイドル歌手としてデビュー。
「硝子坂」「だけど…」「ビードロ恋細工」「花しぐれ」と4曲連続でヒット、1977年に第19回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、FNS歌謡祭・最優秀新人賞などの新人賞を受賞した。同期デビューには清水健太郎、狩人、太川陽介、榊原郁恵、清水由貴子、荒木由美子らがおり、特に榊原・清水(由)と共に当時「フレッシュ3人娘」とも呼ばれていた。

アリス 「狂った果実」

谷村の『MBSヤングタウン』や文化放送『セイ!ヤング』のDJ、そして関西カレッジフォーク界で有名だった立命館大学と同志社大学のOB三人組ウッディ・ウーの「今はもうだれも」のカバーヒットを契機に、オリジナル曲である「帰らざる日々」「冬の稲妻」「涙の誓い」「ジョニーの子守唄」「チャンピオン」「秋止符」「狂った果実」等のヒット曲を連発した。

松村和子 「 帰ってこいよ 」

a> 投稿者 showakayo
1980年4月21日、ロングヘアー姿で津軽三味線をギターの様に操る、演歌歌手としては異色のスタイルでビクター音楽産業から
デビュー。デビュー時のキャッチフレーズは、「帰ってきた男衆(やんしゅう)演歌」。デビュー曲の「帰ってこいよ」(作詞:平山忠夫、作曲:一代のぼる、編曲:斉藤恒夫)がヒットを記録し、この年の第22回日本レコード大賞新人賞を受賞した。翌1981年には『NHK紅白歌合戦』に出場を果たした。投稿者 showakayoさん有難うございました


ロスインディオス&シルヴィア「別れても好きな人」

男女のデュエットに編曲されたロス・インディオス&シルヴィア盤が大ヒットし、翌1980年に掛けてミリオン・セラーとなった。この時、歌詞の一部(地名)が変更されている。また、同曲でロスインディオス&シルヴィアは1980年末の「第31回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たした。
シルヴィア没後にテレビ番組で本曲が披露されるときは、若手の女性歌手をゲストに迎えて披露される。



≪1980年(昭和55年)出来事=中期≫

03/06 早大商学部の入試問題漏洩が判明(8日大学職員ら逮捕)。
03/06 ロッキード事件の公判で、小佐野の受領金が浜田幸一自民党代議士のラスベガス賭博の借金返済に使われたことを検察が指摘。
03/07 山口百恵、婚約発表。
03/30 長野市の誘拐事件で容疑者・宮崎和子と北野宏逮捕。長野と富山で2人を誘拐・殺害。
04/01 松田聖子『裸足の季節』でデビュー。
04/01 大塚製薬「ポカリスエット」発売。スポーツドリンクの先駆け。
04/25 東京・銀座の路上に風呂敷包みの1億円(持ち主現われず、11.9、1億円は拾得者へ)。
04/28 任天堂、携帯ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」発売。第1弾は「ボール」当時の価格は5800円。
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