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 加藤登紀子 「この空を飛べたら」

作詞・作曲:中島みゆき。加藤がテレビで「世界歌謡祭」のグランプリを受賞した中島を見て、同コンテストを主催したヤマハ音楽振興会に電話を入れて中島に会わせてもらい、曲を依頼したという。同年12月31日に、作詞者の中島が、この歌で、第20回日本レコード大賞西條八十賞を受賞する。                投稿者 jayline357さん有難うございました

研ナオコ  「かもめはかもめ」

また第20回日本レコード大賞金賞、日本歌謡大賞放送音楽賞を受賞した。さらに同年「第29回NHK紅白歌合戦」にも2年ぶり2回目の返り咲きを果たし、同曲を歌唱する。そして1993年『第44回NHK紅白歌合戦』にも、同曲で1986年以来7年ぶり11回目の出場を果たした。

桜田淳子  「しあわせ芝居」

1978年には東宝歌舞伎の大御所、長谷川一夫の指名により、『おはん長右衛門』で舞台女優にも挑戦。初舞台ながら長谷川一夫の相手役を演じたことで、役者としての資質が改めて注目されるようになった。その資質は翌年の市川崑監督作品『病院坂の首縊りの家』での一人二役を経て、1980年の初主演ミュージカル『アニーよ銃をとれ』で大きく開花し、その年の芸術祭大衆芸能部門(2部)優秀賞を、当時史上最年少で受賞するなど高い評価を得た。

紙ふうせん 「冬が来る前に」

「冬が来る前に」でメジャーヒットを飛ばし、紙ふうせんの代表曲となった。曲を自作するだけではなく、フォークの原点を探ろうと、民謡等各地の伝承歌の取材を続けており、近年は合唱曲としても有名な赤い鳥時代の「翼をください」、「竹田の子守唄」、「赤い花白い花」(芹洋子の歌でもヒットした)、紙ふうせん以降は「いかつり唄」「霧にぬれても」なども有名な他、1979年(昭和54年)にスタートした朝日放送テレビの情報番組『おはよう朝日です』の主題歌「朝(あした)の空」は、15年間にわたって使用された。

杉田二郎 「ANAK(息子)」

1977年に、フィリピンにおいて、フレディー・アギラ (Freddie Aguilar) の自作自演がヒットした。Anakとは、タガログ語で(息子ではなく)「わが子」という意味である(つまり、女の子も "Anak" と言う)。
原詞の内容は、親が息子がよからぬ道に進むことを嘆く内容である。フレディー・アギラ自身が、親にわびる気持ちで書いたと、英語版ウィキペディアにある。



≪1978年(昭和53年)流行・出来事=後期≫ 

08/12 日中平和友好条約調印。
09/00 東京・渋谷に「東急ハンズ」がオープン。
10/16 原子力船「むつ」佐世保入港。
10/16 青木功、ゴルフ世界マッチプレー選手権で優勝。日本男子初の海外戦制覇。
11/06 東京・上野の結婚式場から集団コレラ発生。
11/11 無限連鎖講(ネズミ講)防止法公布。
11/21 巨人、"空自の1日"に江川卓投手と突如契約。22日阪神、ドラフトで江川指名。
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