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山口百恵 「秋桜 」 

提供曲のレコーディングには立ち会うことを常としているが、本作のレコーディングの際にはさだはスタジオに立ち会わなかった。さだが電話で「(結婚をテーマにした作品であるため)まだピンと来ないでしょう?」と尋ねたが、そのとき当時18歳だった山口は「はい」と正直に答えている。しかしその後、結婚を期に引退するラスト・コンサートの日(1980年10月5日)に「この歌の意味がようやく分かりました」というメッセージをさだに送っている。 

石川さゆり 「能登半島」

1977年、昨1976年に発売されたアルバム『365日恋もよう』からシングルカットされた「津軽海峡・冬景色」で、大ブレイクを成し遂げる。同年末のTBSテレビ系「第19回日本レコード大賞」歌唱賞や、フジテレビ系列「FNS歌謡祭」グランプリ(ほか最優秀歌唱賞・最優秀視聴者賞も獲得)など数々の音楽賞を受賞、さらに「第28回NHK紅白歌合戦」へも念願の初出場となった。ほか、同1977年発売のシングル「能登半島」「暖流」も続けてヒットする。

野口五郎 「季節風 」

「むさし野詩人」で第9回日本有線大賞・有線功労賞を受賞。4月29日、日本テレビ系で単独のバラエティー番組『輝け!五郎・マペット ゲバゲバ90分!』が放送される。
1977年、「風の駅」[7]で第8回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞、第28回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。映画『季節風』で主役を演じ、同名タイトルの主題歌「季節風」を歌う。


キャンディーズ 「暑中お見舞い申し上げます」 

同曲がヒット中だった1977年7月17日、日比谷野外音楽堂でのコンサート中に「普通の女の子に戻りたい」と発言、突然の解散宣言を発表する。約8か月後の1978年4月4日に開催された後楽園球場の「ファイナルカーニバル」で解散した。
イメージキャラクターを務めた郵政省(現・JP日本郵便)の暑中見舞い葉書(現在の通称は「かもめ〜る」)のCMソングに起用された。


小林旭 「昔の名前で出ています」

小林にとって1985年〜1986年に掛けてヒットした「熱き心に」などと並ぶ代表曲である。
発売当時の1975年1月以降暫くは鳴かず飛ばすだったが、小林自らが全国のキャバレーなどをドサ回りするなど地道にプロモーションを続けた結果、2年後の1977年に入ってから徐々に売り上げを伸ばし、ロングセラーとなった。累計売上は200万枚を突破した。
小林によると実数で大体270万枚、オリコン集計では約95万枚(100位以内のチャートイン期間のみの累計)を記録し、同集計において小林のシングルとしては2014年現在、最大のヒットとなった。




≪1977年(昭和52年)出来事=後期≫
09/03 王貞治選手(巨人)通算756号ホームラン(世界最高記録)5日国民栄誉賞第1号受賞。
09/20 イギリスの人気アイドルグループ、ベイ・シティ・ローラーズが去年に引き続き2度目の来日、日本武道館で公演。17日には大阪公演(ラサ国際スケートリンク)で3人が負傷、44人失神。
09/27 米軍機、横浜市の民家に墜落。2人死亡。
09/27 日航機、クアラルンプールで墜落、33人死亡。
09/28 日本赤軍、日航機をハイジャック。ダッカ空港で同志の釈放と身代金要求。日本政府「超法規的措置」で要求を受諾
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