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ちあきなおみ 「喝采」代表曲となる「喝采」が第14回日本レコード大賞を受賞し、その年の年末から翌年にかけてオリコン集計で80万枚を売り上げる大ヒットとなる。この曲は当時、ちあきの実体験を元にして作詞されたという触れ込みでプロモーションされたが、実は全くのフィクションであった。実際には前座歌手時代に兄のように慕っていた若手役者が急死した体験を持ち、それと歌詞の内容が偶然似ていたために「実体験」とすること...

八代亜紀 「なみだ恋」演歌歌手にしては珍しく、全盛期においては出す曲全てが連続ヒットを記録しており、女性演歌歌手の中では総売上枚数がトップである。なおオリコンのシングルチャートにおけるトップ10獲得作品数も通算7作で、2011年6月に水森かおりの8作連続シングルチャートトップ10を更新されるまで女性演歌歌手歴代1位をキープし続けていた。 麻丘めぐみ 「 わたしの彼は左きき 」売上枚数は総計50万枚以上。オリコンチ...

欧陽菲菲 「雨のエアポート 」1971年9月に「雨の御堂筋」で日本デビュー。同曲がオリコンセールス79万枚、売上約136万枚となり、同年の第13回日本レコード大賞で新人賞を受賞。翌1972年に「第23回NHK紅白歌合戦」に外国人として初出場した。その後も活躍を続け、1983年から1984年にかけての「ラヴ・イズ・オーヴァー」のロングセラーなど、数々のヒット曲を飛ばし、日本や台湾で高い人気を誇る。 現在も台湾を代表する国民的人気...

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青い三角定規  「太陽がくれた季節」 1972年2月に日本コロムビアからシングル盤が発売された。日本テレビ系列で放送された青春ドラマ『飛び出せ!青春』の主題歌として採用され、売り上げが80万枚,または100万枚を超えるヒットとなった。オリコンの集計では50万枚。第14回日本レコード大賞では森昌子、三善英史、郷ひろみ、青い三角定規といった多くの新人賞受賞者の中で、最優秀新人賞を受賞した。投稿者 石橋正次 「夜明けの停...

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ペドロ&カプリシャス 「別れの朝 」ペドロ梅村をリーダーに、1971年に初代ボーカル・前野曜子をむかえてメジャーデビュー。デビュー・シングル「別れの朝」が大ヒット。1973年に二代目ボーカル・高橋まり(現:髙橋真梨子)をむかえリリースした「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」などもヒットし、人気バンドへ。1978年には三代目のボーカル松平直子をむかえる。沢田研二 「許されない愛」1972年3月11日発売の「許されな...

山本リンダ 「どうにもとまらない」1972年(昭和47年)キャニオンレコード移籍第2弾目のシングルレコードとして、当時の売れっ子作詞家・作曲家であった阿久悠・都倉俊一のコンビによる「どうにもとまらない」を発表。セクシーな大人の歌手にイメージチェンジして発表した同曲は大ヒットとなり、再びヒット歌手として脚光を浴びた山本は「アクション歌謡」の先駆けとなった.ビリーバンバン 「 さようならをするために」...

ぴんから兄弟 「女のみち」1972年東宝芸能所有の大阪梅田の演芸場『トップホットシアター』に出演していた時期に自主制作したレコード「女のみち」が、有線放送と地道な営業から火が付き420万枚を売り上げ、続いて発売された「女のねがい」が170万枚「女のゆめ」が80万枚と大ヒットした。麻丘めぐみ 「 芽ばえ 」麻丘は、デビューすると同時に、キュートな「御姫様顔」がファンに人気を博した。第14回日本レコード大賞では森昌子...

五木ひろし「長崎から船に乗って」1970年、故郷福井の放送局福井放送のプロデューサーの勧め[8]で、よみうりテレビ制作のオーディション番組『全日本歌謡選手権』に、歌手生命のすべてを賭けてミノルフォン専属のプロ歌手“三谷謙”として出場。当時銀座のクラブでの弾き語りが、サラリーマンの初任給3万円の時代に月収50万円もあり[6]、もし落ちたらプロ歌手として失格の烙印を押され、弾き語りの仕事にも響く、この生活を捨ててま...

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「あの素晴らしい愛をもう一度」1971年になり加藤と北山が25歳を迎えるということで仲間内から「記念にレコードを出したらどうか」という話が持ち上がり、加藤の了承によりレコード化となった。この曲はソロやデュエットの形でカバーされるほか、中学校の音楽教科書に載ったこともあり様々な合唱編曲があり、2000年代になってもなお合唱コンクールなどでは定番曲である。あおい輝彦 「二人の世界 」1970年12月1日から1971年5月25...

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鶴田浩二 「傷だらけの人生 」鶴田浩二がマイクにハンカチを沿え耳に手を当てて歌う姿は、「手が脂性であったことと、従軍時に耳を傷めて演奏のリズムが取りにくかったことが理由である」と本人が明言している。「古い人間」が「今の世の中」を憂う詩は、藤田まさとが「鶴田浩二」をイメージして書き下ろしたもので、それに吉田正が曲をつけた。 美川憲一 「おんなの朝 」 1971年、「おんなの朝」で第4回日本有線放送大賞スター賞...

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