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五木ひろし・木の実ナナ ( 居酒屋 )「居酒屋」は元々、五木ひろしのLPにソロで収録されていた曲であるが、同じミノルフォンに所属 していた木の実ナナがそのカバー・シングルをデュエット企画で発売するにあたり、 デュエット相手として五木が指名されたという。                               投稿者 jrapaka2さん有難うございました。ロス・インディオス (別れても好きな人)1980年ポリ...

小柳ルミ子 ( 瀬戸の花嫁 )1970年(昭和45年)に宝塚音楽学校を首席で卒業。歌手デビューの前に顔を売るためにNHK連続テレビ小説『虹』で女優としてデビュー。1983年に日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞するなど高く評価を受ける南沙織 (17 )デビュー前、男女デュオ・ヒデとロザンナのマネージャーが持ち帰った南沙織の写真が偶然関係者の目にとまり急遽、東京に呼び寄せCBS・ソニー社長との顔合わせを経て、デビ...

チェリッシュ「ひまわりの小径」1968年、松崎好孝を中心に名古屋で結成。当初は4人組であり、1970年に松井悦子が加入し5人組となった。1971年に第一回全国フォーク音楽祭全国大会に出場していたところをビクターレコードにスカウトされる。1971年に「なのにあなたは京都へゆくの」でデビュー。1972年の「ひまわりの小径」から松崎、松井のデュオとなった。1973年に代表作「てんとう虫のサンバ」をリリース。この曲は現在も結婚式な...

  ノーランズ「セクシーミュージック」 ノーランズ (The Nolans) は、1970年代後半から1980年代前半にかけて人気を得た、イギリス姉妹グループである日本では1980年ダンシング・シスターがオリコン1位になるなど大ヒットした。翌年、アルバム恋のハッピー・デートも1位となり、オリコンの洋楽では初めてシングル、LP、カセットの三冠王を記録した。       ☆ なんとも魅力的なハニー高音はサイコ―ですネ ☆ グロリア・...

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松山千春「大空と大地の中で」校時代はバスケットボール部に所属しており、当時は十勝地区で「シュートの鬼」の異名を取ったという。 練習ではフリースローを75回連続で成功させたこともある.                                また松山は足寄高校では卒業時に首席となるなど成績は優秀で、担任からは大学進学を勧められていたが 苦しい家計を踏まえ 「早く働いて父を助けたい」 との考えから...

    川中美幸 (ふたり酒 )1981年NHK紅白歌合戦で 「ふたり酒」 の大ヒットにより、念願の紅白初出場となった。その後、紅白落選となるも、1998年「二輪草」の大ヒットにより再び復帰を果たし2011年まで14回連続出場。紅組歌手の中では現在6位タイの記録である。2006年・第57回は「ふたり酒」で初めて紅組トリを務めた。  松原のぶえ ( おんなの出船 )美空ひばり賞の第1回受賞者になった。クセのない、素直な発声...

バン・バン「いちご白書をもう一度 」出す曲が売れず、行き詰っていた頃に荒井の曲を聞き、感銘を受けたばんばひろふみが最後の曲として荒井に書いてもらいたいと思い、荒井に会うためあらゆる伝を探し行き着いた所が松任谷正隆であった。そしてばんばと荒井が会い、荒井も当時あった学生運動を題材にする事がばんばと一致し、曲を書く事となった。その題材を提供したのが早大紛争を経験した音楽プロデューサー・前田仁であった。...

大瀧詠一 ( 君は天然色 )“日本版ウォール・オブ・サウンド”を体現したようなポップで分厚いサウンドのこの曲は大滝自身も納得している作品でレコーディングの際に初めてイントロの演奏を聴いたとき「やっと求めていた音が手に入った」と 感動したという曲。     大瀧詠一 ( さらばシベリア鉄道 )日本レコード大賞・ベストアルバム賞」を受賞した。1983年まで精力的に楽曲提供、松本とCコンビ...

 チョー・ヨンピル ( 釜山港へ帰れ )日本では演歌歌手というイメージで知られているが、韓国ではロックからバラードトロット、民謡まで様々なジャンルをこなす『国民歌手(クンミン・ガス)』として有名! ニックネームが「歌王」と呼ばれるほど。彼を慕い、尊敬するK-POPスターは多い。   坂本冬美 ( 夜桜お七 )NHK紅白歌合戦』では1996年の回には、坂本自身初の紅組トリを務めた。オリコン・シングル・チャートで...

  クラフト「僕にまかせてください」 作詞・作曲したのは当時グレープのメンバーであったさだまさしである。   「何ていい曲なんだろう! 思わず聴き入ってしまいました      投稿者 nishiyan511さん有難うございました。     ふきのとう「春雷」「春雷」は、メンバーの山木康世の実母が病に倒れ、病気回復を願いこの曲を制作したといわれている。   穏やかな春に突然の雷(襲い掛かる出来事)に注意!...

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