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「王将」  当時、なかなかヒットに恵まれていなかった村田のため、日本コロムビアのディレクターだった斎藤昇が村田と共に作詞家西條八十邸を訪れたことから始まる。当時、西條は美空ひばりの曲を書いていたため、「男の歌は作れない」と断られたのだが、村田が粘り強く西條邸に通い詰めた結果、ようやく詞を書いてもらえることになり、「吹けば飛ぶよな将棋の駒に」という文言が作詞された。始めの文言が完成した20日後には、全...