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江利チエミ 「テネシー・ワルツ 」チエミの「テネシーワルツ」の大ヒットは「日本語と英語のチャンポン」というスタイルを用いたこともあり、それまで都市部中心でのブームであった「ジャズ」(当時の日本では洋楽を総称してこう呼んだ)を全国区にするにあたり、牽引役を果たした。また、後のペギー葉山、そしてカントリーの小坂一也、そしてロカビリーブームなど、日本における「カバー歌手」のメジャー化のさきがけともなった...