Menu

   島倉千代子 「東京だヨおっ母さん」1945年、7歳、長野松本市へ疎開。井戸から水を運ぶ途中に転倒、水の入ったビンを割り、左手首からひじまでを損傷。母・ナカが「女の子だから(腕を)残して欲しい」と医師に懇願し、切断は免れたが、感覚も無く、動かすこともできなくなる(後に不自由ながらも動かすことができるようになる)。この時の輸血がのちに千代子が患ったC型肝炎の遠因となった。気持ちの沈んだ千代子のために母...